【イベントレポート】12月3日(水)人事マスタ不在ではもう戦えない-MIXI事例で知るHR Core運用の実践と教訓

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人事マスタ不在の「Excel迷路」から脱却せよ。MIXIが実践した「HR Core」構築の全貌と、あえて捨てたもの

「入社・異動のたびに、各部署でバラバラのExcelが更新される」「誰がどのSaaSを使っているのか、最新の所属はどこなのか、正解がわからない」──。

多くの企業が抱えるこの「人事マスタ不在」の課題に、株式会社MIXIはいかにして終止符を打ったのでしょうか。

本記事では、エンタープライズIT協会(EITA)主催のイベント『人事マスタ不在ではもう戦えない-MIXI事例で知るHR Core運用の実践と教訓』より、MIXI コーポレートエンジニアリング部の阿部 翔 氏による実践事例と、登壇者らによるディスカッションの模様をレポートします。

成功の鍵は、システム導入そのものではなく、「何をやり、何をやらないか」という明確なスコープ定義にありました。

「真のSSOT(信頼できる唯一の情報源)」が存在しない恐怖

『モンスターストライク』などのエンタメ事業から、スポーツ、ライフスタイル事業まで幅広く展開するMIXI。M&Aや事業拡大に伴い、組織は複雑化していました。阿部氏によると、導入前の従業員情報管理はまさに「Excelと手作業の迷路」だったといいます 。

現場を疲弊させていた3つの課題

  1. データの分断と運用の煩雑さ
    入社情報はJira、組織図はExcel、異動情報は各部門からの申請ベース……と情報源が乱立。手作業でデータを加工し、Active Directory(AD)や各SaaSに登録していたため、運用負荷が限界に達していました。
  2. 「正解」がわからない
    システムごとに情報の粒度が異なり、「どのデータベースが最新で正確なのか(SSOTはどこか)」が不明瞭な状態。分析や自動化を進めようにも、足元のデータが信用できない状態でした。
  3. ガバナンスとセキュリティの懸念
    手作業への依存は、退職者のアカウント削除漏れや、権限設定ミスのリスクに直結します。

そこでMIXIが目指したのは、過去・現在・未来の「時間軸」で組織と人の情報を管理でき、システム連携のハブとなる「HR Core(人事マスタ)」の構築でした。その基盤として選定されたのが、SaaS型統合人事データ基盤「イエソド」です 。

ポイント1:成功の要諦は明確なスコープ決め

本プロジェクトの最大のハイライトは、「やらないこと(Scope Out)」の決断にあります。
一般的に「HR Core」というと、給与、社会保険、評価など、人事部が持つあらゆるデータを統合したくなります。しかし、MIXIはそこにあえて線を引きました。

「Workforce Core」としての割り切り

社内での摩擦を避けるため、あえて「HR Core」という言葉を使わず、「Workforce Core」という概念でプロジェクトを推進しました 。

  • 管理するデータ: 氏名、メールアドレス、組織、役職、雇用形態(正社員だけでなく業務委託・派遣社員も含む)。これらはIT部門がアカウント発行や権限管理を行うために必須の「業務データ」です 。
  • 管理しないデータ: 給与、等級、評価、マイナンバーなどのセンシティブな人事労務情報。これらは人事部が管轄するシステム(SmartHRやカオナビ等)に任せ、本プロジェクトのスコープ外としました 。

ファシリテーターの中野 仁 氏(AnityA)も、この判断を高く評価します。「人事部門のミッションは『給与を正しく払うこと』や『評価すること』であり、IT部門が求める『アカウント管理のための精緻な組織マスタ』とは目的が異なります。ここを混同して『全社統合マスタを作りましょう』と人事を巻き込むと、調整だけで数年が過ぎ、プロジェクトは頓挫します」 。

「過去データ」も捨て、未来だけを見る

さらに阿部氏は、導入時における「過去データの移行」も断念しました。創業からの膨大な人事データを整合性を保って移行するのは不可能に近いと判断し、過去データはユニーク性を担保する必要がある組織コードやアカウント名などに絞り、「2024年1月1日以降のデータのみを正確に保証する」と割り切ったのです 。これにより、要件定義から初期構築までをわずか3ヶ月に短縮することに成功しました。

ポイント2:IT部門が「オペレーション」ごと巻き取る

システムを入れただけでは、データはきれいになりません。誰かが責任を持ってデータをメンテナンスする必要があります。
MIXIでは、それまで労務が中心に行っていた「人員リストの更新」といった業務を、IT部門(コーポレートITサービス部)が巻き取るという大胆な施策に出ました。

プロセスを変えて、データを守る

  • 入力の集約: 異動や組織変更の連絡をすべてIT部門への申請に一本化。
  • 運用の内製化: 外部ベンダー任せにせず、社内の業務プロセスを知り尽くしたメンバーが運用フローを設計。

これについて、株式会社Buena Vidaの大江 輝明 氏は、「データ基盤とデータ活用(BIなど)の間に、必ず『運用(オペレーション)』という泥臭い層が必要です。ここを無視してきれいなダッシュボードだけ作ろうとしても、元データが腐っていれば失敗します」と指摘します 。

MIXIの場合、IT部門がデータの「門番」となることで、イエソド上のデータ品質(Data Integrity)を担保しました。その結果、従業員は「イエソドを見れば、今誰がどこにいるかわかる(Quick View機能)」という状態が実現され、社内の問い合わせ工数も削減されました 。

ポイント3:内製APIで「使いにくさ」を吸収する

「イエソド」は多機能なSaaSですが、そのまま現場に開放すると混乱を招く場合もあります。特に「未来の異動情報」や「退職予定」が見えてしまうと、人事上のトラブルになりかねません。

そこでMIXIは、従業員や他システム向けにデータを渡す際、間に「内製API」を挟むアーキテクチャを採用しました 。

  • 未来情報の遮断: 一般社員には「過去〜当日までの組織図」しか見せないように制御。
  • システム連携の簡素化: 複雑なクエリを書かなくても、「特定の日付の退職者リスト」などが簡単に取得できるラッパーAPIを用意 。

これにより、現場のエンジニアが開発で人事データを活用したくなった際も、安全かつ手軽にデータを利用できる環境が整いました。

阿部氏は、「まずはデータを貯める箱(HR Core)を作り、出口(API)を整備した。次は、入り口(入社申請など)のプロセスをもっと標準化・システム化していきたい」と今後の展望を語ります。

まとめ:明日から情シスが取り組むべきアクション

1時間以上に及ぶ濃密なセッションから見えてきた、人事マスタ整備の鉄則は以下の通りです。

  1. 「人事システム」を作ろうとしない
    人事部が持つ給与計算のためのデータと、情シスが必要とするID管理のためのデータは別物です。「Workforce Core」と定義し直し、IT部門主導で管理できる範囲からスモールスタートしましょう。
  2. 「完全」を目指さない
    過去何十年分のデータをきれいに整備しようとすると、それだけで予算と時間が尽きます。「運用開始日以降のデータを100%にする」と決め、過去は切り捨てる勇気も必要です。
  3. オペレーション(業務フロー)を握る
    ツールを入れる前に、入退社や異動の手続きがどこでどう行われているか、フロー図を描き直してください。可能であれば、データの入力・承認プロセスをIT部門のコントロール下に置くことが、SSOT実現への近道です。

株式会社イエソドの齋藤 誉 氏は、「システム導入はゴールではなくスタートライン。運用が定着して初めて価値が出る」と締めくくりました。

Excelとの戦いに疲れたIT担当者の皆様、まずは「自社に必要なマスタデータは何か」の定義から始めてみてはいかがでしょうか。

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