まとめ
- 優秀なITマネージャーが独立・転職する背景には、外部コンサルとの報酬格差と組織の構造的問題がある
- 企業は「救世主願望」で外部人材に頼ろうとするが、組織負債の解決なしでは同じ失敗を繰り返す
- 根本的な解決には経営層の技術理解と組織負債への向き合いが必要である
1. ITマネージャーが直面する報酬格差の現実
企業が外資系コンサルティング会社に依頼すれば、実行を伴わない企画だけでも数千万円の費用がかかることがあります。しかし、同じような仕事を内部のITマネージャーが担当した場合、その報酬は大幅に低くなるという現実があります。
最近では、企画推進で実績を上げたITマネージャーが独立したり、コンサルティング会社へ転職したりするケースが複数見られるようになりました。また、本業では適度な出力に留めて、副業で収入を補うパターンも見受けられます。
このような動きの背景には、システム刷新のような大規模プロジェクトは200%の労力を必要とする一方で、報酬が外部コンサルと比較して見合わないという構造的な問題があります。企画推進できるレベルのITマネージャーにとって、自社でフルコミットするよりも、他社の仕事とミックスする方が時間対効果が高いという判断につながっています。
2. 基幹システム刷新が抱える三重の困難
レガシーシステムを多く含む基幹システムの刷新には、以下の3つの大きな課題があります:
- 費用対効果が出にくい
- 必要な金額が大きい
- 事業側への影響も大きい
これらの課題に対応するには、経営層がしっかりと関与することが不可欠です。しかし現実には、従業員である部長級から提案させ、実行の説明や責任も彼らに負わせようとする企業が多く見られます。
CIOやCTOといった役職があっても、経営会議で票を投じられない立場では、一定規模以上のシステム投資の成功率は必然的に下がってしまいます。
3. 優秀な人材の流出がもたらす悪循環
このような環境で成果を出したITマネージャーは、よりリスク対効果に見合うポジションへと移動していきます。企業にとってこれは、ITマネージャーの損切り、または踏み台にされた可能性があることを意味します。
一定以上の実力を持ったITマネージャーがこの構造に気づかない可能性は低く、結果として優秀な人材の採用はさらに難しくなります。この構造的な問題を認識していない企業は、同じような問題を繰り返すリスクが高まります。
ITマネージャーの交代だけで対応した場合の結果:
- 良い場合:一時的に盛り返すが、2〜3年後には再び独立や転職される
- 悪い場合:機能しないまま人材が流出し、組織崩壊の連鎖反応を引き起こす
4. 組織が陥る「救世主願望」の罠
多くの企業では、以下のような救世主願望的なポジションを設けて、外部から人材を採用しようとします:
- CIO候補
- 特命担当
- DX推進担当
しかし、これは中途採用者やコンサルタントという「よそ者」に、自分たちの負債処理をさせようという当事者意識の欠如の表れとも言えます。
人材エージェントに非現実的な職務要件を提示し続けている企業も見受けられます。これは20〜30年かけて強化されてきた問題構造の表れであり、簡単には変わらないでしょう。
5. 根本的な解決に向けて必要なこと
組織が真の意味で前進するためには、以下の点に取り組む必要があります:
取締役構成の見直し
- 技術とビジネスを組み合わせて考えることができる人材を経営層に加える
- 技術への理解がない経営層では、適切な判断は困難
技術・組織負債への認識
- 過去に先送りしてきた問題は、未来の利益を先食いしてきたツケ
- この返済作業に短絡的な投資対効果を当てはめるべきではない
過去プロジェクトの真摯な振り返り
- 「成功した」ことになっている過去のプロジェクトも、実際の成果を冷静に振り返る
- これは犯人探しではなく、学習のためのプロセス
人事施策から目を背けない
- 組織負債に対する施策なしに、踏み込んだ変化は望めない
- 必要な人事施策:
- 人の入れ替え
- 抜擢と降格
- 時にはレイオフも含めた最適化
技術負債と組織負債の同時解決
- 組織負債に踏み込まずに技術負債だけを解決しようとすると、ツールベンダーやパートナー企業に依存した失敗に終わる可能性が高い
6. 個人としての現実的な生存戦略
企画推進や横断型案件を手掛けるITマネージャーにとって、状況は厳しさを増しています。しかし、それでも個人は生きていく必要があります。
重要なポイント:
- 報酬の市場価値を正しく認識する
- 自身のスキルと労力に見合った対価を得られる環境を選択する
- 滅私奉公を旨とする姿勢も尊いが、持続性と再現性の観点から適正な評価と報酬を求めることは健全な選択
結論
企業のシステム刷新における構造的問題は、優秀なITマネージャーの流出という形で顕在化しています。この問題の根本には、外部コンサルとの報酬格差、経営層の技術理解不足、そして組織負債から目を背ける体質があります。真の解決には、これらの問題に正面から向き合い、組織全体で取り組む覚悟が必要です。
筆者
中野 仁(Jin Nakano)
エンタープライズIT協会代表理事/AnityA 代表取締役