2013年にトヨタ自動車から1次仕入先である旭鉄工に転籍し、積極的なDX投資とそれを支える組織と企業風土の改革で、2015年には前年比利益10億円増を実現した旭鉄工株式会社の木村哲也社長。「必要なのは経営者がDX人材になること」と語る木村社長が進めた変革のプロセスとそこから見えるDX時代の本質とは——。
改革の時代に経営者とITリーダーが持つべき「ITシステム投資」の視点をテーマにしたイベントの動画記事中編では、旭鉄工株式会社の木村哲也社長とAnityA代表取締役社長の中野仁との対談の模様を動画でご紹介します。
まとめ:記事のポイント
- 形式を捨て実利を取る: 稟議書を回す時間よりも、現場が試行錯誤するスピードを優先する 。
- 失敗の定義を変える: 改善のための失敗は「学習コスト」と捉え、攻めの姿勢を維持させる 。
- 逆算の経営: 業界の衰退と人材不足を見据え、今のうちに「賢い現場」をデジタルで構築する 。
トヨタの真似では失敗する?旭鉄工が直面した「前提の違い」と泥臭い突破口
正確なデータが取れない?「生産管理版」手書きの限界と不正格データ問題
木村氏が2013年に旭鉄工へ移籍した当時、最初からすべてが順調だったわけではありません 。改善の基本である「生産管理版(1時間ごとに生産数、停止時間、その理由を記録するボード)」の導入を試みたものの、すぐに限界に直面しました 。
現場の作業員にとって、1時間ごとの正確な生産数を把握するのも、何分間機械が止まったかを逐一記録するのも非常に困難だったのです 。これらを真面目にやろうとすれば、「データを調べるためだけに人を1人貼り付ける」必要があり、リソースの限られた中堅企業にはそんなお金も時間もありません 。 結果として、現場に無理に書かせると「辻褄を合わせただけの不正確なデータ」が蔓延することになり、改善の土台として機能しないという手痛い失敗を経験しました 。この「手動運用の限界」こそが、自動でデータを取得するIoTシステムを自社開発するキッカケとなったのです 。
副社長が毎日現場へ。現場の「抵抗」を熱意で変えたアイデアの力
また、システムでデータが見えるようになっても、現場の意識を変えるのには苦労が伴いました 。例えば「サイクルタイムを4.5秒からさらに短くしたい」と提案しても、現場からは「昔やってダメだった」「これ以上早くすると品質が悪化する」といった強い抵抗が返ってきました 。
この状況を突破するため、当時副社長だった木村氏は「毎日自ら現場の製造ラインに足を運ぶ」ことを徹底しました 。そして現場の作業員に対し、「ここをこう変えたらもっと楽になるんじゃないか」という具体的な改善アイデアを1日に何個も出し続けたのです 。
「副社長がこれだけ毎日現場に来てアイデアを出すなら、俺たちもやらないわけにはいかないな」
経営トップの本気が現場の雰囲気を変え、実際にラインの成果が目に見えて上がると、周囲の部署も徐々に引きずられるようにして巻き込まれていきました 。リソースや人材の質、技術投資の前提が異なる大手企業のメソドロジーだけをそのまま真ねても失敗します 。前提の違いを理解した上で、経営者自身が泥臭くコミットし、現場の「弾み車」を少しずつ回していくことが自走化への唯一の近道です 。
「たまにロボットをぶつける位が丁度いい」失敗を笑い飛ばす経営判断の合理性
厳罰化が安全マージン(サバ読み)を生み、結果的に会社を損にさせる
旭鉄工の社内には「社長をびっくりさせよう」という掲示板がありますが、その前段には「失敗しても当たり前」という言葉が掲げられています 。
象徴的なエピソードがあります 。同社ではサイクルタイムを1秒でも短縮するため、ロボットが障害物のすれすれを通るようなギリギリのルートを設定して稼働させています 。そのため、過去には操作を誤ってロボットを周囲にぶつけ、直すのに数百万円の修理費用がかかってしまったことがありました 。
担当部長が「社長、すいません。ぶつけました」と謝罪に来た際、木村氏はこう返しました 。
「たまにぶつけるくらいで丁度いいから。じゃあよろしく、以上」
木村氏がここで怒らなかったのには、極めて合理的な経営判断があります 。もしここで経営者が失敗を厳しく責めると、現場は怒られたくないために「絶対にぶつからない安全なマージン(バッファー・サバ読み)」を取るようになります 。そうなれば、あちこちのラインでサイクルタイムが少しずつ長くなり、工場全体の生産効率が低下して、結果的に数百万円の修理費とは比較にならないほど大きな金額を会社が損することになるからです 。「ギリギリを攻めた結果の失敗ならトータルで会社は儲かる」という計算が背景にあります 。
稟議・ハンコは一切なし!Slackのスタンプ1つで決済する圧倒的スピード感
現場のスピード感を削がないため、旭鉄工では数万円〜十数万円程度の現場改善費用に関する稟議チェックを一切行っていません 。 「本当に効果があるのか」を書類で細かく精査・検討している時間と人件費こそがもったいないという思想です 。
かつて工場で自動掃除ロボット(ルンバ)を試してみた際、工場の環境に耐えられずあっという間に壊れてしまったことがありました 。「すぐ壊れました」という報告に対しても、木村氏は「まあいいよ別に」で終わりです 。「もっと事前に調べてから購入しろ」とマイクロマネジメントをすれば、現場の挑戦スピードは極端に遅くなってしまいます 。
現在、同社には書類を回すカルチャーも、物理的な反コも存在しません 。 承認が必要な案件は、Slackなどのチャットツールで写真や概要が送られておき、木村氏が絵文字スタンプを返して即決済完了という、圧倒的なスピード感を維持しています 。
最初は「あえて細かく見た」理由。無駄を見つける観点の教育期間
ただし、最初からすべてを現場任せにしていたわけではありません 。木村氏が旭鉄工に移籍した直後の数年間は、逆に10万円以下の細かい出費まで徹底的にすべてチェックしていました 。
これは現場を縛るためではなく、「どこに問題があるのかを見極め、何が無駄なのかという『観点(ノウハウ)』を現場に教育するため」でした 。「この部品なら、業者に特注するよりAmazonで買った方が安いのではないか」といった具体的な目線を社長自らが示し続けることで、現場の判断基準を底上げしていったのです 。全員が自ら正しい判断を下せるようになったと確信してからは、木村氏は一切細かいチェックを行わなくなりました 。
生成AIの進化も見越す「成果逆算」の思考と完璧を求めない姿勢
「ChatGPTは嘘をつくから使えない」はNG。技術の進化を待つ先読みの力
前回の記事で触れた、過去の改善ノウハウをChatGPTに学習させた「改善GI」の開発においても、木村社長の「先読みの思想」が生かされています 。
2023年5月頃のプロトタイプ開発当時、ChatGPT側のシステム制約(トークン数の制限)により、一度に読み込める過去の事例数が非常に少ないという壁にぶつかりました 。開発側は「限られたトークン数に収まる専用のシステムを複雑に作り込むべきか」と悩みましたが、木村氏は「こんな制限はどうせ数ヶ月もすれば一瞬で緩和される。余計な作り込みはせず、技術が進化するのを待て」と指示を出しました 。結果は案の定、生成AIの急速な進化によってトークン制限はすぐに大幅拡大されました 。
「AIは嘘をつくから使えない」「完璧じゃないから導入しない」というのは、DXを止めてしまう典型的な大義名分です 。「問題点はテクノロジーの進化によっていずれ必ず解決される。それよりも、この技術を使ってどう自社の付加価値(競争力)を生み出すか」を考える成果逆算の思考こそが、他社に遅れをとらないための重要なマインドセットです 。
2030年へのカウントダウン。売上2割減の時代を生き抜く「賢いものづくり」
「忙しくて改善できない」は言い訳。人が減る時代にリソースをどこに割くか
ディカッションの終盤、木村氏は日本の自動車部品産業を取り巻く未来のタイムリミットについて、強い危機感を表明しました 。
「はっきり言って、日本の自動車部品産業は斜陽産業です。2030年に向けて売上は確実に2割は落ちる。売上が2割落ちれば、今ギリギリで回している会社はすべて真っ赤っか(赤字)になります。のんびり検討している時間など、もう数年しか残されていません」
さらに現在、少子高齢化によって高卒を中心とした新卒の製造現場人材は、どの企業も全く採れない状況に陥っています 。生き残るためには、「今より確実に少ない人数で、同じ、あるいはそれ以上の生産ができる仕組み」を今すぐ作らなければなりません 。
よく現場から上がる「今は忙しくて改善活動をする余裕がありません」という言葉に対し、木村氏は厳しく指摘します 。「忙しい時に改善をして残業を減らさなければ、儲かるタイミングを逃す。そうした会社は、暇になっても絶対に改善をやらない」 。忙しい最中にこそ、なんとか工数を演出して既存ラインを「賢く、スリムに作る」改善を回し、そこで浮いた人的リソースを新しい事業や次世代部品の分野へと戦略的に投入していく 。この構造改革を今すぐ始めなければ、2030年までの数年で企業そのものが淘汰されてしまうという、強い覚悟が求められています 。
カオスな時代を生き抜くために、完璧を捨てて「まずアクセルを踏め」
旭鉄工が叩き出した「利益10億円増」という華々しい成果の裏には、失敗を許容する圧倒的な度量と、書類やハンコを全廃してでもスピードを最優先する徹底的な合理主義がありました 。
「完璧な施策など最初から存在しない」という前提に立ち、例外を恐れて足を止めるのではなく、まずはアクセルを踏んでみる 。技術の進化を味方につけながら、現場が「改善をゲームのように楽しめる」文化を経営者が責任を持って作り上げる 。来る2030年の大激変期を前に、自社のバックオフィスや製造現場の硬直化・カオス化に悩む企業は、この旭鉄工の「付加価値ファースト」の変革思想を、自社のインフラ設計に組み込んでみてはいかがでしょうか
動画インデックス
・旭鉄工 木村哲也氏×AnityA 中野氏対談
DX時代に経営者とITリーダーが持つべき「IT投資」の視点とは
- 転籍後の改善のステップ【00:01:04】
- 失敗して当然、全体の効果を優先!【00:07:08】
- 稟議書よりも改善を優先【00:12:30】
- IT投資をしようと考えたのは「問題を解決するため」【00:16:28】
- 楽しみながらやる挑戦する風土作りについて【00:23:32】
- 積み重ねでできた生成AI【00:26:06】
- 忙しい時にカイゼンしないと意味がない!【00:30:01】
- 未来の業界を考えると今やるべきことがわかる【00:31:49】
登壇者プロフィール

旭鉄工株式会社 代表取締役社長
i Smart Technologies株式会社 代表取締役社長 CEO
木村哲也氏
1992年東京大学大学院工学系修士修了、トヨタ自動車に21年勤務。おもに車両運動性能の開発に従事後、生産調査室でトヨタ生産方式を学び2013年旭鉄工に転籍。製造現場はもちろん、経理、営業でもIoTデータを活用する体制を構築し、労務費を年4億節減するなどで損益分岐点を29億円下げ、同じ売上高で利益を10億円上乗せ。電力分CO2排出量もすでに26%低減など大きな成果を上げる。
「旭鉄工の成功ノウハウを他社でも役立てたい」と「i Smart Technologies株式会社」を設立し、IoTモニタリング、データ分析、改善指導までトータルで生産性向上を実現するKaaS(Kaizen as a Service)を全国展開。その実績が評価され、2018年に経済産業省主催「第7回 ものづくり日本大賞 特別賞」を受賞するなど受賞歴多数。これまで数百回の講演、100社以上の改善指導実績あり。
著書に『Small Factory 4.0 ~第四次「町工場」革命を目指せ!』(三恵社)、『付加価値ファースト〜常識を壊す旭鉄工の経営~』(技術評論社)がある。日本デジタルトランスフォーメーション推進協会アドバイザー。

株式会社 AnityA(アニティア) 代表取締役 中野仁
国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤をシンプルに構築し直すプロジェクトを敢行した。2019年10月からラクスルに移籍。また、2018年にはITコンサル会社AnityAを立ち上げ、代表取締役としてシステム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。

