【動画】DXであぶり出された「組織負債」にどう対応すればいいのか 「カイゼン・ジャーニー」の著者、市谷聡啓氏に聞く

 掛け声ばかりが勇ましいDXブームの中、現場の現実が見えてきた。成果に乏しい「裸の王様DX」、現場が疲弊している「大本営発表DX」、終わりない疲弊が続く「眉間に皺寄せてやるDX」、実行体制や方法がない「屏風のトラDX」……。このような“難しいDX現場”で、ITリーダーはどう振る舞えばいいのか──。

 本記事では、AnityAが2022年4月6日に開催したイベント「荒ぶる『勘違いDX四天王』を前にITリーダーはどう動くべきか 『カイゼン・ジャーニー』の著者と考える」の模様を動画でご紹介します。

 中編では、著書「カイゼン・ジャーニー 」「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」で知られ、これまで数々のDXプロジェクトを支援してきたレッドジャーニー代表 市谷聡啓氏と、株式会社AnityA(アニティア)代表取締役社長の中野仁の対談の模様を動画でご紹介します。

組織負債を抱え込むDX推進者の現実と課題

DX推進は、組織の矛盾や長年の組織負債を抱え込みやすく、改革を推し進めることが非常に難しい役割です。特に日本の大企業では、セクショナリズムによる部分最適の集合体が組織を構成しており、それを横断的につなげ、同じ方向へ導く仕事は困難を極めます。

目次

企画・推進部門は「多勢に無勢」になりがち

企画推進部門やITリーダーは、組織構造上の問題により、孤立しやすく**「多勢に無勢」**となりがちです。

  • 経営層は予算をつけ「やれ」と指示しますが、現場はそう簡単には動きません。
  • 企画推進者は、組織内のコミュニケーションコストが高く、あちこちのコンセンサスを取り、山積する問題を潰すことに終始してしまいます。
  • 役員も、本来の経営者ではなく出身部門の代表者(強化版事業部長)であることが多く、全社最適の視点が不足しがちで、企画推進者は板挟みになりやすい構造です。

DX部門と既存IT部門(情シス)との対立構造

DXを専門とする部署(DX推進)と既存のITチーム(情シス)の間には、深刻な対立構造が生じやすい問題があります。

  • 既存IT部門の視点: 情シスは、限られた予算と権限の中で、既存のレガシーシステム維持・運用(As-Is)という重要な役割を担ってきた自負があります。そこに「新しいことをやるから手を出すな」「レガシーの責任の一端はお前たちにもある」といった態度でDX部門が介入してくることに強い反発を感じます。
  • DX推進部門の視点: 既存IT部門のスピード感では会社の成長に間に合わない、という危機感から、新しい動きを優先させようとします。

この分断を乗り越えるためには、既存のAs-Isとあるべき未来(To-Be)のビジョンを統合し、橋渡し役となる人材(アジャイルブリゲードなど)が不可欠です。この役割には、高い専門性(スペシャリティ)を持ち、現場の苦労も理解した上で、粘り強くコミュニケーションできる能力が求められます。

現場を巻き込むための突破口:行動を通じて「考える」ことを促す

旗を振る企画推進者が熱心に訴えても、現場の従業員にはなかなかDXが**「自分ごと」**として浸透しません。

現場に浸透させるコツと「共犯関係」の構築

現場の従業員にDXを浸透させるには、現場に近づき、一緒に取り組みを進めることが突破口となります。

  • 数十人規模の組織であれば、アジャイルブリゲードのような少数の精鋭部隊が、現場と協働する動きが有効です。
  • 外部人材(副業、業務委託など)を起用する場合は、既存メンバーと協調し、外のやり方を知る人たちが**「成果」**を出すことで、徐々に組織全体を巻き込んでいくことが重要です。
  • ただし、焦りすぎるとコンフリクト(衝突)しか生まないため、スピードと摩擦をコントロールする意識が必要です。

「言われたことだけをやる」最適化からの脱却

多くの日本企業では、長年の慣習や評価制度により、従業員が**「決められたことを正確に、最短距離でこなす」よう最適化されてきました。その結果、「そもそも論」を問う、多様な選択肢を試行錯誤する、といった能力が封印**されてしまっています。

  • 「考える」ことを思い出させる: 現場の人が「なぜ」「どうして」という原因目的を自分自身の頭で考え始めることが重要です。
  • ソリューションありきではない: アジャイル開発などのメソドロジー(方法論)を導入することが目的化してはいけません。問題の共有からTo-Beの共有、そして皆で試行錯誤を通じて自社に合った解決策を見出すプロセスこそがDXの本質です。
  • 答えを教えない: TOC(制約の理論)の考え方にあるように、安易に**「答え」を教えるのではなく、「なぜこうなったのか」**を現場に考えさせ、当事者意識を持たせることが肝要です。
  • 具体的な形から始める: 組織開発のような抽象的な取り組みではなく、まずはプロダクトやサービスといった**「形があるもの」**を中心に据え、それをインプリ(実装)しながら変化を組織に巻き起こしていくのが現実的です。

厳しい現場で企画推進者が生き残るためのサバイバル術

長期にわたる組織負債は個人が背負って返せるものではないため、その重荷を抱え込みすぎないことが重要です。

個人として組織負債と距離を取る

【スクリーンショットの配置指示: 登壇者2名の対談画面の適切な箇所】

  • 仕事を選ぶ: 自身が貢献を持ってやれる仕事、そしてDXによって雰囲気が変わってきた領域を利用して取り組みを進めましょう。
  • 組織資産を残す: 個人の能力に依存するのではなく、組織としてのノウハウ育てたチームなど、自身が抜けても後に残せるアセットを意識して仕事を進めるべきです。個人が燃え尽きて倒れてしまっては意味がありません。
  • 退き際(引き際)を知る: **「逃げる準備」**をしておくこと、そして「逃げないといけない」状況になる前に、自ら判断して組織を離れることも一つの選択肢です。自分が知らないうちに手遅れになるのが一番最悪な事態です。

アセットを「残す」とは

市谷氏が自身のスライドが退職後も社内で使われていたエピソードを披露しているように、残すべきアセットとは、物理的な成果物だけでなく、「なぜそう考えるのか」「何を目指すのか」という本質的な問いかけや、それに至る思考プロセスを組織に浸透させることです。

まとめ

DX推進は、企業の長年の組織負債との戦いに他なりません。この厳しい現場で企画推進者が生き残るためには、「なぜそうするのか」という本質的な問いを組織全体で共有し、成果物(プロダクト・サービス)を核として現場を巻き込むことが重要です。個人の負担を適切に管理しつつ、組織に長く残るアセットの創出に注力する、これがサバイバル戦略の鍵となります。

「カイゼン・ジャーニー」や「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」などの関連書籍や、登壇者のさらなる講演・執筆活動にも注目して、DX推進の知見を深めてください。

動画インデックス

レッドジャーニー 市谷聡啓氏×AnityA 中野仁対談:厳しい改革の現場でITリーダーはどう動くべきか〜改革リーダーのサバイバル戦略を考える

 -【00:01:12】DX推進は、組織負債を抱え込みやすく改革を推進するのが難しい役割だと思うが、実際のところはどうなのか。
 -【00:15:09】社内にDXを浸透させるコツは?
 -【00:19:13】「言われたことだけをやる」のではなく、「自分の頭で考えること」を思い出してもらうには?
 -【00:39:03】DXを推進するのが難しい中、企画推進者はどうすれば生き残っていけるのか。

登壇者プロフィール

レッドジャーニー代表

市谷聡啓

大学卒業後、プログラマーとしてキャリアをスタートする。国内大手SIerでのプロジェクトマネジメント、大規模インターネットサービスのプロデューサーやアジャイル開発の実践を経て独立。現在は日本のデジタルトランスフォーメーションを推進するレッドジャーニーの代表として、大企業や国、地方企業のDX支援に取り組む。新規事業の創出や組織変革などに伴走し、ともにつくり、課題を乗り越え続けている。訳書に「リーン開発の現場」、おもな著書に「カイゼン・ジャーニー」「正しいものを正しくつくる」「チーム・ジャーニー」「いちばんやさしいアジャイル開発の教本」、新著に「デジタルトランスフォーメーション・ジャーニー」がある。

株式会社 AnityA(アニティア) 代表取締役 中野仁

国内・外資ベンダーのエンジニアを経て事業会社の情報システム部門へ転職。メーカー、Webサービス企業でシステム部門の立ち上げやシステム刷新に関わる。2015年から海外を含む基幹システムを刷新する「5並列プロジェクト」を率い、1年半でシステム基盤をシンプルに構築し直すプロジェクトを敢行した。2019年10月からラクスルに移籍。また、2018年にはITコンサル会社AnityAを立ち上げ、代表取締役としてシステム企画、導入についてのコンサルティングを中心に活動している。システムに限らない企業の本質的な変化を実現することが信条。

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